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東京高等裁判所 平成8年(行ケ)2号 判決

千葉県習志野市屋敷4丁目3番1号

原告

セイコー精機株式会社

代表者代表取締役

高木利吉

訴訟代理人弁理士

林敬之助

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

指定代理人

西村敏彦

鍛冶沢実

田中弘満

小川宗一

主文

特許庁が、平成2年審判第12723号事件について、平成7年12月4日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

主文と同旨

2  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和59年8月16日、名称を「磁気軸受装置」とする考案(以下「本願考案」という。)につき実用新案登録出願をした(実願昭59-124910号)が、平成2年6月19日に拒絶査定を受けたので、同年7月19日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を平成2年審判第12723号事件として審理したうえ、平成7年12月4日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同月20日、原告に送達された。

2  本願考案の要旨

ロータ軸の径方向及び軸方向を磁気軸受で浮揚状態に軸受し、かつ磁気軸受の電源断時に、保護用ベアリングによりロータ軸を回転自在に受けるようにした磁気軸受装置において、

前記ロータ軸を連続的に複数回再起動可能とするために、前記保護用ベアリングを、保持器のないラジアル玉軸受で構成するとともに、前記ロータ軸の通常回転時には前記ロータ軸を隙間を介して非接触に包囲し、前記磁気軸受の電源断時には前記ロータ軸の断続的な衝撃荷重を支持するように配置したことを特徴とする磁気軸受装置。

3  審決の理由の要点

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願考案は、特開昭58-65321号公報(以下「引用例1」といい、そこに記載された考案を「引用例考案1」という。)及び実公昭49-37722号公報(以下「引用例2」といい、そこに記載された考案を「引用例考案2」という。)に記載された考案に基づいて当業者が極めて容易に考案をすることができたものであるから、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができないものとした。

第3  原告主張の審決取消事由

審決の理由中、本願考案の要旨の認定、引用例1、2の記載事項の認定(審決書2頁19行~6頁11行)、本願考案と引用例考案1との一致点及び相違点の認定は認め、相違点に対する判断は争う。

審決は、相違点に対する判断において、引用例考案2の技術内容の認定を誤った結果、本願考案が引用例考案1及び引用例考案2から極めて容易に考案をすることができたものと誤って判断したものであるから、違法として取り消されなければならない。

1  引用例考案2の技術内容の誤認

審決は、「甲第2号証(注、引用例2)には、「・・・前記ロータ軸を連続的に複数回再起動可能とするために、前記保護用ベアリングを、保持器のないラジアル玉軸受で構成するとともに、前記ロータ軸の通常回転時には前記ロータ軸を隙間を介して非接触に包囲し、前記磁気軸受の非常時には前記ロータ軸の断続的な衝撃荷重を支持するように配置した磁気軸受装置。』が記載されている。」(審決書8頁6~17行)と認定しているが、誤りである。

(1)  ラジアル玉軸受は、保持器の有無を問わず、通常、ロータ軸に内輪を取り付けて使用するものであるが、本願考案は、これを磁気軸受の電源断時の非常用軸受という特殊用途に使用して通常時は動作させないため、通常の使用方法とは異ならせ、本願考案の要旨に、「保護用ベアリングを、・・・ラジアル玉軸受で構成するとともに、前記ロータ軸の通常回転時には前記ロータ軸を隙間を介して非接触に包囲し」とあるとおり、内輪を含めたラジアル玉軸受全体をロータ軸から機械的に切り離した状態で使用するものである。

他方、引用例考案2の非常用軸受は、軸受の構成要素の一である内輪様のリングが回転軸に直接固定され、内輪様のリングと転動体との間に、すなわち軸受の内部に隙間が設けられるものである。

この構成の相違により、本願考案では、ラジアル玉軸受全体がロータ軸と分離しているために、これを簡単に取り換えられるのに対し、引用例考案2では、内輪様のリングが回転軸に固定されているため、非常用軸受をそっくり取り換えることは難しい。本願考案のような磁気軸受における電源断時の保護用ベアリングは、非常用軸受に加わる衝撃が強烈であって、内輪にも傷がついて回転バランスを崩しやすいため、内輪の取換えができないことは重大な欠点である。また、本願考案では、ロータ軸の正常運転時には、ラジアル玉軸受全体が「ロータ軸を隙間を介して非接触に包囲し」ているので、回転しないのに対し、引用例考案2では、正常運転時にも保護用ベアリングの内輪様のリングが回転軸(ロータ軸)とともに回転する。非常用軸受の通常時の回転は無用かつ有害であり、そのために、引用例考案2では内輪様のリングと転動体との間に隙間を設けるという軸受内部の改造により転動体の回転を阻止している。

このように、本願考案の「ロータ軸の通常回転時にはロータ軸を隙間を介して非接触に包囲し」という構成は、引用例考案2の「転動体4と内輪2との隙間」との構成とは異なるもので、これに伴う作用効果も相違するのであるから、引用例考案2の「転動体4と内輪2との隙間」が本願考案の「ロータ軸の通常回転時にはロータ軸を隙間を介して非接触に包囲し」に相当するものとした審決の認定は誤りである。

(2)  引用例考案2の「溶融性の保持器兼用潤滑材」は保持器の役割を担っており、保持器であるからこそ、転動体を外輪側に確保できるのであって、これが潤滑材の一種であるすれば、物体の滑らかな動きを促進するという潤滑材の本質的機能からみて、転動体を保持することはできず、内輪様のリングと転動体との間に隙間を設けることもできない。すなわち、「保持器兼用潤滑材」は溶融性の材料でできているとはいえ、通常回転時には、転動体4を所定位置に保持する保持器として働くからこそ、引用例2に「保持器兼用」と記載されているのであう。

したがって、審決が、引用例考案2の「保持器兼用潤滑材」について、「本願考案で問題としている通常の保持器に相当するものではなく、潤滑材の一種であることは明らかである。」(審決書8頁1~4行)として、引用例考案2が、「保護用ベアリングを、保持器のないラジアル玉軸受で構成する」ものと認定したことは、誤りである。

(3)  磁気軸受が電源断時に瞬時にその機能を失い、回転軸(ロータ軸)が急激な異常振動を起こした場合、引用例考案2においては、回転軸に固定された内輪様のリングが転動体に当たった瞬間に、転動体を保持する保持器兼用潤滑材が溶けてしまうのであるから、回転軸が静止したときには、溶けた保持器兼用潤滑材は飛散してしまっているであろうし、残ったとしても転動体を外輪の内側に保持し、かつ、この状態で内輪様のリングとの間に隙間を空けた状態になることはありえない。したがって、引用例考案2では、磁気軸受における給電の途絶があって非常用軸受装置が動作する度に少なくとも転動体と外輪とを取り換える必要があり、一旦作動した非常用軸受装置のままで再起動することは不可能である。

すなわち、引用例2の「数回以上の衝撃作動の後はこの非常用軸受を取換えることも容易である。」とは、回転軸が電源断時の異常振動により受ける衝撃ではなく、この衝撃に比べて極めて軽い外部からの振動、衝突等の一般的な外力により回転軸に加えられる衝撃が数回以上の後に取り換えることを意味するものであり、本願考案の「連続的に複数回再起動可能とする」に相当するものとはいえず、引用例考案2が、「ロータ軸を連続的に複数回再起動可能とする」ための構成を備えているとした審決の認定は誤りである。

2  容易推考性の判断の誤り

審決は、上記のとおり、引用例考案2の技術内容を誤認し、これを前提に、「甲第1号証(注、引用例1)記載の衝撃吸収装置を設けた保護用ベアリングを、甲第2号証(注、引用例2)記載の保護用ベアリングである『保持器のないラジアル玉軸受』に換えて、本願考案のようにすることは当業者がきわめて容易になし得た程度のことである。」(審決書8頁18~22行)と判断したのであるから、この判断が誤りであることは明らかである。

第4  被告の反論の要点

審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由はいずれも理由がない。

1  原告の主張1について

(1)  ベアリングの中には、内輪がなく、軸が内輪の代わりをするものも存在し(乙第3~4号証)、その場合には、ベアリングは転動体及び外輪から構成されることになる。そして、本願考案の「前記保護用ベアリングを、・・・前記ロータ軸を隙間を介して非接触に包囲し」との構成は、内輪がロータ軸を隙間を介して非接触に包囲するという構成に限定されていないから、上記のような内輪のないベアリングも本願考案に包含されることになる。

ところで、引用例考案2の非常用軸受は、「回転軸に固定されたアングユラ軸受内輪様のリングと、これに対向する軸受部に取付けられたアングユラ外輪様のリングと、この外輪側に溶融性の保持器兼用潤滑材で固定された転動体とからなる」(甲第4号証2欄実用新案登録請求の範囲)とされているが、審決は、回転軸に固定された内輪様のリングを回転軸の一部と認め、転動体、保持器兼用潤滑材及び外輪をもって引用例考案2の非常用軸受と解したものである。そうすると、引用例考案2の非常用軸受は、内輪のないベアリングとして、本願考案の要旨に含まれることになり、本願考案と引用例考案2の非常用軸受との間に構成上の相違はない。

したがって、引用例考案2の「転動体4と内輪2との隙間」が本願考案の「ロータ軸の通常回転時にはロータ軸を隙間を介して非接触に包囲し」に相当するとした審決の認定に誤りはない。

(2)  ベアリングにおいて、保持器は、通常、転動体相互の間隔を一定にするためのものであり(乙第1~2号証)、本願明細書に記載され(甲第2号証2頁左欄36行)、図面第4図に図示されたリテーナ9aもこのような通常の保持器である。

これに対し、引用例考案2の保持器は、転動体と内輪との隙間を維持するためのものであり、したがって、引用例2は「保持器」という用語を独自の意味で使用しているものである。そうすると、引用例考案2の「溶融性の保持器兼用潤滑材」は、実質的には保持器ではなく、常温で固めの潤滑材である。

したがって、審決が、「本願考案で問題としている通常の保持器に相当するものではなく、潤滑材の一種であることは明らかである。」と認定したことに誤りはない。

(3)  引用例考案2の非常用軸受は、「軸に衝撃力が働らいて、軸が軸方向又は半径方向に大きく動くと、軸が本来の軸受の軸受面に当るよりも先に上記非常軸受の内輪2が転動体4に当る。・・・内輪を保持する保持器兼用潤滑材5が溶けて転動体は自由に運動できるようになる。その後は通常のアングュラ玉軸受と同様の働らきをし、軸に働らく衝撃力を保持する。」(甲第4号証2欄10~20行)もので、本願明細書記載の実施例(甲第2号証2頁左欄11行以下)と同様に、周知の保持器のない玉軸受である総玉ベアリングの状態で運動するものである。このとき、潤滑材は、上下方向に飛散してなくなるわけではなく、遠心力により外輪側に溜められ、再起動可能な程度は残るものと認められる。このことは、引用例2の「数回以上の衝撃作動の後はこの非常用軸受を取換えることも容易である。」(甲第4号証2欄26~27行)との記載からも明らかである。この記載の「衝撃作動」が、上記「軸に衝撃力が働らいて、軸が軸方向又は半径方向に大きく動くと、軸が本来の軸受の軸受面に当るよりも先に上記非常軸受の内輪2が転動体4に当る。・・・内輪を保持する保持器兼用潤滑材5が溶けて転動体は自由に運動できるようになる。その後は通常のアングュラ玉軸受と同様の働らきをし、軸に働らく衝撃力を保持する。」(同号証2欄10~20行)ことを意味することは引用例2の記載上明らかであるから、「数回以上の衝撃作動の後」とは、そのような衝撃作動が数回以上加わった後ということである。

したがって、引用例考案2の「数回以上の衝撃作動の後はこの非常用軸受を取換えることも容易である」ことが、本願考案の「連続的に複数回再起動可能とする」ことに相当するとした審決の認定に誤りはない。

2  原告の主張2について

上記のとおり、審決の引用例考案2の技術内容の認定に誤りはなく、これに基づけば、引用例考案1のロータ軸の外周を引用例考案2の非常用軸受の内輪の形状として、それに隙間を介して引用例考案2の転動体、保持器兼用潤滑材(実質的な潤滑材)及び外輪からなる保護用ベアリングを配置して、本願考案のようにすることは、当業者が極めて容易になしえた程度のことであることは明らかであり、審決の判断に誤りはない。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立については、いずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  引用例考案2の技術内容を誤認したとの主張について

(1)  前示本願考案の要旨によれば、本願考案は、「保護用ベアリングを、ロータ軸の通常回転時には前記ロータ軸を隙間を介して非接触に包囲」するもの、すなわち、ロータ軸の通常回転時には、ロータ軸と保護用ベアリングとが接触しないように、ロータ軸と保護用ベアリングとの間に隙間を設けた構成であることが、明らかである。

他方、当事者間に争いがない審決認定の引用例2の記載(審決書4頁8行~5頁11行)と、引用例2(甲第4号証)の実用新案登録請求の範囲の「軸荷重を支える通常の軸受とは別に、回転軸に固定されたアングユラ軸受内輪様のリングと、これに対向する軸受部に取付けられたアングユラ外輪様のリングと、この外輪側に溶融性の保持器兼用潤滑材で固定された転動体とからなる非常軸受を備え、この非常軸受の内輪と転動体との隙間を本来の軸受より僅かに狭い隙間でセツトしてこの部分で衝撃力を吸収することにより軸本来の軸受を保護するようにしたことを特徴とする非常用軸受装置」(甲第4号証2欄29~38行)との記載によれば、引用例考案2は、回転軸(ロータ軸)の通常回転時には、アングュラ軸受内輪様のリングを固定した回転軸と非常用軸受(保護用ベアリング)の転動体とが接触しないように、アングュラ軸受内輪様のリングと転動体との間に隙間を設けた構成であることが認められる。

すなわち、本願考案と引用例考案2とは、ロータ軸の通常回転時に、ロータ軸と保護用ベアリングとが接触しないために設けられている隙間の構成において差異があるものといわなければならないが、被告は、この点につき、本願考案は、内輪がロータ軸を隙間を介して非接触に包囲するという構成に限定されていないから、内輪のないベアリングも本願考案に包含されることになると主張する。

確かに、本願考案の要旨には、「前記保護用ベアリングを、・・・前記ロータ軸を隙間を介して非接触に包囲し」とされているのみであって、その「保護用ベアリング」が、外輪、転動体のほかに内輪を備えたものであるとの記載までは存在しない。

そして、ころがり軸受(ベアリング)は、昭和36年6月30日発行の「軸受・潤滑便覧」(乙第2号証)に、「軸受は図1・1に示すように、原則的には軌道輪(内輪および外輪、あるいは回転輪および固定輪)、転動体(鋼球またはころ)、および保持器の3つの因子からなっている、すなわち、相対する1組の軌道輪の間に数個あるいはそれ以上の鋼球またはころを介し、これらが互いに接触しないように保持器によって一定の間隔を保ちながらころがり運動をするような構造である.」(同号証185頁8~12行)と記載されているように、固定された外輪、回転軸に取り付けられてこれとともに回転する内輪、外輪と内輪とによって挟持された転動体及び保持器からなるのが基本的な構造であるが、昭和44年7月20日発行の「機械図集ころがり軸受」(乙第3号証)に、「アンギュラ玉軸受であるが内輪がなく、ねじ軸の両端は内輪相当の軌道面を形成している」自動車かじ取り装置ねじ軸(同号証34頁)、「軸に内輪に相当する軌道みぞ2個を設け」た内面研削盤といし軸(同35頁)、「内輪の代わりに軸に複列の軌道面を設け」た内面研削盤といし軸(同36頁)、「軸受内輪をはぶいて、水ポンプ軸と一体形」とした自動車水ポンプ(同73頁)が記載され、本願出願当時、回転軸自体に軌道面、軌道溝等を設けて、外輪とともに転動体を挟持する内輪の機能を担わせたうえ、回転軸に別体の内輪を取り付けることを省略する軸受も周知であったことが認められる。

しかしながら、本願考案の実用新案登録請求の範囲にも、また、本願明細書(甲第2号証)の考案の詳細な説明にも、本願考案のロータ軸に内輪の機能を担うための軌道面、軌道溝等が設けられるとの記載がないことはもとより、仮に、本願考案の保護用ベアリングが内輪を備えていないとすれば、この場合に、本願考案の要旨のとおり保持器のないラジアル玉軸受で構成された保護用ベアリングが、ロータ軸を隙間を介して非接触に包囲したときに、どのようにして転動体を保持するかという問題が当然に生ずるところ、これに関する技術事項の記載が一切なく、このことと、前示のとおり、外輪及び内輪によって転動体を挟持するのが軸受における周知の基本的構造であることとを併せ考えれば、内輪のないベアリングが本願考案の保護用ベアリングに包含されるものと解することはできない。したがって、本願考案は、内輪と外輪とで転動体を保持する保持器のないラジアル玉軸受を用いて、ロータ軸の通常回転時には、ロータ軸と保護用ベアリングとが接触しないように、ロータ軸と保護用ベアリングの構成要素である内輪との間に隙間を設けた構成であると認めるのが相当である。

そうとすると、被告主張のように、引用例考案2につき、回転軸に固定された内輪様のリングを回転軸の一部と認め、転動体、保持器兼用潤滑材及び外輪をもって引用例考案2の非常用軸受と解するとしても、本願考案の上記隙間を設ける構成とは異なることが明らかである。

(2)  次に、審決は、「甲第2号証(注、引用例2)の記載の『溶融性の保持器兼用潤滑材』は、『保持器兼用』とは記載されているものの、「内輪2が転動体4に当った瞬間は、内輪と転動体とはすべり運動をして温度が上昇し、このため内輪(転動体の誤記)を保持する保持器兼用潤滑材5が溶けて転動体は自由に運動できるようになる』のであるから、本願考案で問題としている通常の保持器に相当するものではなく、潤滑材の一種であることは明らかである。」(審決書7頁17行~8頁4行)と認定し、引用例考案2は、「保護用ベアリングを、保持器のないラジアル玉軸受で構成する」ものである(同8頁12~13行)としている。

しかし、引用例考案2において、「溶融性の保持器兼用潤滑材」を用いているのは、引用例考案2においては、前示のとおり、回転軸(ロータ軸)の通常回転時には、アングユラ軸受内輪様のリングを固定した回転軸と非常用軸受(保護用ベアリング)の転動体とが接触しないように、アングユラ軸受内輪様のリングと転動体との間に隙間を設けた構成を採用しているから、内輪と外輪の間で転動体を保持することができないため、転動体を外輪側に固定するための手段として、これを用いていることは明らかである。特に「保持器兼用潤滑材」との用語が使用されているのも、この故と認められる。

したがって、この保持器兼用潤滑材は、軸に衝撃力が働いて、非常軸受の内輪が転動体に当たった場合には、内輪と転動体とはすべり運動をして温度が上昇し、このために溶けてしまうものであり、その後において、非常軸受が通常のアングュラ玉軸受と同様の働きをするものである(甲第4号証2欄10~20行)としても、回転軸(ロータ軸)の通常回転時には、保持器としての役割を果たしているものであるから、これを、直ちに「本願考案で問題としている通常の保持器に相当するものではなく、潤滑材の一種であることは明らかである。」として、引用例考案2の非常軸受を「保持器のないラジアル玉軸受」であるとすることはできないものというべきである。

(3)  上記の事実によれば、引用例考案2の「回転軸に固定されたアングユラ軸受内輪様のリングと、これに対向する軸受部に取付けられたアングユラ外輪様のリングと、この外輪側に溶融性の保持器兼用潤滑材で固定された転動体とからなる非常軸受を備え、この非常軸受の内輪と転動体との隙間を本来の軸受より僅かに狭い隙間でセツトして」なる構成は、本願考案の「保護用ベアリングを、保持器のないラジアル玉軸受で構成するとともに、前記ロータ軸の通常回転時には前記ロータ軸を隙間を介して非接触に包囲し」てなる構成とは明らかに相違するものといわなければならず、前者の構成が後者の構成と同一のものとし、これが引用例2に記載されているとした審決の認定(審決書8頁6~17行)は誤りであるといわなければならない。

2  容易推考性の判断を誤ったとする主張について

以上のとおり、審決は引用例考案2の技術内容を誤認したものであるから、この誤認を前提として、「甲第1号証(注、引用例1)記載の衝撃吸収装置を設けた保護用ベアリングを、甲第2号証(注、引用例2)記載の保護用ベアリングである『保持器のないラジアル玉軸受』に換えて、本願考案のようにすることは当業者がきわめて容易になし得た程度のことである。」(同8頁18~22行)と判断したことも誤りであり、これに基づく審決の結論は瑕疵あるものといわなければならない。

もし、審決の趣旨が、本願考案は、引用例考案1の衝撃吸収装置を設けた保護用ベアリングを、周知の保持器のないラジアル玉軸受に代えたものにすぎないとするのであれば、その趣旨を明示して説明すべきであり、これをしなかった審決の説示及び被告の主張による限り、本願考案が引用例考案1、2に基づいてきわめて容易に考案をすることができたものということはできない。

3  よって、審決の取消を求める原告の請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 石原直樹 裁判官 清水節)

平成2年審判第12723号

審決

千葉県習志野市屋敷4丁目3番1号

請求人 セイコー精機 株式会社

千葉県松戸市千駄堀1493-7 林特許事務所

代理人弁理士 林敬之助

昭和59年実用新案登録願第124910号「磁気軸受装置」拒絶査定に対する審判事件(平成6年3月2日出願公告、実公平6-8339)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

本願は、昭和59年8月16日の出願であって、その考案の要旨は、出願公告後の平成7年6月26日付けの手続補正書によって補正された明細書及び図面の記載からみて、実用新案登録請求の範囲に記載されたとおりの

「ロータ軸の径方向及び軸方向を磁気軸受で浮揚状態に軸受し、かつ磁気軸受の電源断時に、保護用ベアリングによりロータ軸を回転自在に受けるようにした磁気軸受において、

前記ロータ軸を連続的に複数回再起動可能とするために、前記保護用ベアリングを、保持器のないラジアル玉軸受で構成するとともに、前記ロータ軸の通常回転時には前記ロータ軸を隙間を介して非接触に包囲し、前記磁気軸受の電源断時には前記ロータ軸の断続的な衝撃荷重を支持するように配置したことを特徴とする磁気軸受装置。」

にあるものと認める。

これに対して、当審における実用新案登録異議申立人・庵正道が引用した甲第1号証(特開昭58-65321号公報)には、第1図の磁気軸受について、「回転体2は上下永久磁石5a、5bによって発生する吸引力のため、上もしくは下に引きつけられる。この不平衡力を消去するため、位置検出器10によって回転体の位置を知り、その位置に応じた制御電流をコイル7a、7bに流し、スラスト方向は常に一定位置に保持される。又ヨークの型状を互いに同心な環状歯型にすることにより、ラジアル方向に回転体2が移動した場合、固定体と同心の原位置に復帰させようとする磁気の復元力が働く。このようにして第1図の磁気軸受は、スラスト方向原びラジアル方向の軸受効果を生ずる。

磁気軸受には軸の共振点における異常振動および、停電時や不測の事体等に対する安全対策として第1図のようにボールベアリング3a、3bを設けておくのが普通で、異常時にはこのボールベアリングに落として(タッチダウン)、制動力を働かせるようにしてあり、このボールベアリングをタッチダウンベアリングと呼んでいる。」(第1頁左下欄14行~同頁右下欄14行)こと、第1図のものを前提とした第2図について、「上下タッチダウンベアリング3a、3bに衝撃吸収装置(ショックアブソーバー)13a、13b、13c、13dを設けることにより、高速回転時にタッチダウンさせた場合における回転体2の衝撃力をショックアブソーバー13a、13bでスラスト方向に、13c、13dでラジアル方向にそれぞれ分散して吸収させることができ、安全にタッチダウンさせることが可能である。これによって、軸受のタッチダウン前の機械的精度が再現可能となる」(第2頁左上欄5~14行)ことが記載されている。

同じく、甲第2号証(実公昭49-37722号公報)には、この考案は、「磁気軸受を使用した回転軸に衝撃力が働いたとき、この軸受を保護するための非常用軸受装置に関するものである。」(第1頁1欄19~21行)こと、実施例の構成は、「1は回転軸、2は回転軸1に固定されたアングュラ軸受内輪様のリング、3はハウジング6側に取付けられたアングュラ軸受外輪様のリング、4は転動体で、この転動体は外輪3側に溶融性の保持器兼用潤滑材(例えば固形グリース、ホワイトメタル等)にて固定されている。そしてまたこの転動体4と内輪2との隙間は、本来の軸受隙間よりも僅かに狭くなるように、内輪2、外輪3及び転動体4の寸法を予めセットするものとする。」(第1頁1欄37行~同頁2欄8行)こと、その作用は、「軸に衝撃力が働らいて、軸が軸方向又は半径方向に大きく動くと、軸が本来の軸受の軸受面に当るよりも先に上記非常軸受の内輪2が転動体4に当る。そしてこのように内輪2が転動体4に当った瞬間は、内輪と転動体とはすべり運動をして温度が上昇し、このため内輪(転動体の誤記)を保持する保持器兼用潤滑材5が溶けて転動体は自由に運動できるようになる。」(第1頁2欄10~18行)こと及び「数回以上の衝撃作動の後はこの非常用軸受を取換えることも容易である。」(第1頁2欄26~27行)ことが記載されている。

そこで、本願考案と甲第1号証の記載とを比較すると、甲第1号証の記載の「回転体」、「タッチダウンベアリング」、「軸受のタッチダウン前の機械的精度が再現可能となる」は、本願考案の「ロータ軸」、「保護用ベアリング」、「再起動可能とする」に相当するものと認められる。また、甲第1号証の「異常時にはこのボールベアリングに落として(タッチダウン)、制動力を働かせるようにしてあり、このボールベアリングをタッチダウンベアリングと呼んでいる。」という記載、同じく「高速回転時にタッチダウンさせた場合における回転体2の衝撃力をショックアブソーバー13a、13bでスラスト方向に、13c、13dでラジアル方向にそれぞれ分散して吸収させることができ」という記載および同号証の第1~2図では、回転体2とタッチダウンベアリング3a、3bとの間に隙間があること等からみて、甲第1号証には、本願考案の、保護用ベアリングに相当するタッチダウンベアリングを「ラジアル玉軸受で構成するとともに、ロータ軸の通常回転時にはロータ軸を隙間を介して非接触に包囲」するように配置した構成が記載されているものと認められる。

したがって、本願考案と甲第1号証に記載された考案(以下、甲第1号証の考案という)とは、「ロータ軸の径方向及び軸方向を磁気軸受で浮揚状態に軸受し、かつ磁気軸受の電源断時に、保護用ベアリングによりロータ軸を回転自在に受けるようにした磁気軸受において、

前記ロータ軸を再起動可能とするために、前記保護用ベアリングを、ラジアル玉軸受で構成するとともに、前記ロータ軸の通常回転時には前記ロータ軸を隙間を介して非接触に包囲し、前記磁気軸受の電源断時には前記ロータ軸の断続的な衝撃荷重を支持するように配置した磁気軸受装置。」

の点で一致し、以下の点で相違する。

相違点 本願考案は、「ロータ軸を連続的に複数回再起動可能とするために、保護用ベアリングを、保持器のない」ものにしたのに対して、甲第1号証の考案は、「ロータ軸を再起動可能とするために、保護用ベアリングに衝撃吸収装置(ショックアブソーバー)を設け」た点。

以下、上記相違点について検討する。

先ず、甲第2号証の記載と本願考案とを対比すると、甲第2号証の記載の「回転軸」、「非常軸受」、「数回以上の衝撃作動の後はこの非常用軸受を取換えることも容易である」、「転動体4と内輪2との隙間」は、本願考案の「ロータ軸」、「保護用ベアリング」、「連続的に複数回再起動可能とする」、「ロータ軸の通常回転時にはロータ軸を隙間を介して非接触に包囲し」に相当する。また、甲第2号証の記載の「溶融性の保持器兼用潤滑材」は、「保持器兼用」とは記載されているものの、「内輪2が転動体4に当った瞬間は、内輪と転動体とはすべり運動をして温度が上昇し、このため内輪(転動体の誤記)を保持する保持器兼用潤滑材5が溶けて転動体は自由に運動できるようになる」のであるから、本願考案で問題としている通常の保持器に相当するものではなく、潤滑剤の一種であることは明らかである。

そこで、甲第2号証の記載を、本願考案に則してみると、甲第2号証には、

「ロータ軸を磁気軸受で浮揚状態に軸受し、かつ磁気軸受の非常時に、保護用ベアリングによりロータ軸を回転自在に受けるようにした磁気軸受装置において、

前記ロータ軸を連続的に複数回再起動可能とするために、前記保護用ベアリングを、保持器のないラジアル玉軸受で構成するとともに、前記ロータ軸の通常回転時には前記ロータ軸を隙間を介して非接触に包囲し、前記磁気軸受の非常時には前記ロータ軸の断続的な衝撃荷重を支持するように配置した磁気軸受装置。」が記載されている。

したがって、甲第1号証記載の衝撃吸収装置を設けた保護用ベアリングを、甲第2号証記載の保護用ベアリングである「保持器のないラジアル玉軸受」に換えて、本願考案のようにすることは当業者がきわめて容易になし得た程度のことである。

以上のとおりであるから、本願考案は、甲第1号証および甲第2号証に記載された考案に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものであり、実用新案法第3条第2項の規定により実用新案登録を受けることができないものである。

よって、結論のとおり審決する。

平成7年12月4日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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